受験生・ピンク大佐の戦い(不定期更新)
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活動記録085:
今日は、午前中に外人さんたちと遊んだ。
まず、以前知り合った2人とマックで飯食いながら、互いの生い立ちを話したり、日本に来た理由を聞いた。2人は聖職者で、宣教師になるんだそうで。2人とも19歳で、一人は日本に来て半年、もう一人はまだ3週間しか 経っていないらしい。アメリカから日本に2年間召されているそうだ。2人とも日本語が堪能なので、私は殆ど英語を使わずに済む。楽だ。非常に。[ぉぃ
その後、2人が活動している教会へ行くことになった。途中、彼らの仲間たちと偶然出会い、6人の外人に囲まれる形になった。こんなに周りが外人だらけになったのは、たぶん横須賀の米軍キャンプに太鼓を叩きに行ったとき以来ではないかと思われる。しかも、みんな聖職者(この表現が正しいのかわからないが、語彙力の無い私にとっては、此れが精一杯の表現である)。なんだかわからんが、緊張した。
教会につくと、2人に中を案内された。結構歴史ある教会だそうだが、建物自体はなかなか綺麗で、それなりに広かった。2階建てで、1階には礼拝堂やら集会室やらがあり、2階には小部屋がいくつか有る。この部屋を使って、此処の外人さんたちは、無料英会話教室もやってるそうで。全ての活動がボランティアなんだそうだ。
一通り教会を回った後、ホール(といっても小さなものだが)で、卓球をやった。別に、競技的な卓球ではない。温泉卓球以下かも知れない。単純な、学生の休み時間みたいなノリで、30分ほど卓球をやっていた。私と、今日初めて出会った外人さんがダブルスを組み、先日出会った二人と勝負。殆ど卓球のルールを無視した試合だったが、きっと我々の勝ちだろう。
試合中は英語だった。聞いた事の無い英語が飛び交った。何とか理解し、多少の返答も出来た。”生きた英語”は、こういうものかと実感した。スラングであったり、方言であったり、特有の訛りであったり・・・OCの授業の数倍勉強になった気がした。それと、私の英語でも通じることがわかった。
一応、幼稚園から英会話の教室にぶち込まれ、最初こそ真面目だったものの、小学校3年生ごろからは堕落。今は世間話をしに、教室に行っている始末。無論、7割は日本語である。それでも、時間というものは、ほんの少しだけ、私に無意味な能力を付けてくれたらしい。英語を聞き取ることに慣れているし、コミュニケーションを取ろうとする意欲はある。また、中学から義務的に英語を学んだ甲斐もあり、高校が高校なだけに、外人と話すのは、今まで1度も日本を出たことの無い人間の中では、得意な方だと思われる。が、ペーパーテストは悲惨を極める。書けないのだ。多少なら話せるし、読める。何よりも、大体の事は聞き取れる。然し、書き表すことができないのだ。日本語でも、表現力の乏しさに悩まされる私が、如何にして英語を書き表すか。永遠の課題である。
卓球も終え、そろそろ学校に向かおうとした時、ちょっとした儀式を見学した。「アカシ会」というんだそうで。たぶん、「証し会」か「明かし会」と書くのではないかと勝手に推測している。此れは、神に自分の信じることやら何やらを打ち明ける的な何かだそうだ。同席しただけで、私は何もしなかったのだが、なかなか興味深いと思った。
しかしながら、私は特定の宗教を信じることはしないつもりでいる。初詣には神社へ行き、お盆やお彼岸には仏と向き合い、クリスマスは盛大に盛り上がる。キリストだろうが、アッラーだろうが、八百万の神だろうが、都合のいいときだけ好き勝手に信じ、死んだら戒名をもらって仏になります。まぁ、なんて罪深き男でしょう。
でも、日本人の大半は、たぶんそんなもんです。残念ながら、私も其の多数派の一人に過ぎないのです。
教会を後にした私は学校へ行き、事後処に参加。来年度に関わるかもしれない企画の話だったのに、校長の取材のため、途中退席。
校長室へ赴くのは2回目。私は、初めて校長室で校長と話してから、彼のことを尊敬し始めた。
どの生徒よりも、どの先生よりも、校長は我々の学校に熱く向き合っている。行動し、批判に耐え、必死に我々の学校の立て直しに尽力されている。注意して欲しい。この文章を読んでいるのは、私の知り合いが殆どだと思うので、あえて書く。我々の学校は、堕落している。此れは、校長の話を聞いたから、ではない。入学してすぐ、私は落胆した。夢描いた生活は、其処には無かった。正直な心の叫びは、たびたび私の頭の中に響いた。
「なんだ、普通の学校と一緒じゃん。」
そのうち、私の意欲は失われていった・・・いや、意欲を持たなくなった。持たないようにした。いくら学校が堕落しているとはいえ、県内でも優秀な生徒が集まるこの学校は、非常に大人な思想を持った人たちが数多く存在する。私も其の一人だと、自負している。然し、私を含め、それらの人々の大半は、創造性の無い保守派なのである。簡単に言えば、「頭が固い」のである。其の上、「意志が弱い」から、結局はごく平凡な、虚像だけのトップ校になっているのである。其の人たちの思想に任せ、流れるように学校生活を送ることが、如何に楽なものかを知った私は、最早頑張る気をなくしていた。上辺だけ、適当なことを述べていればいいと思った。
でも、「そんなんじゃだめだ!」と思う人たちがいた。其の人たちを見て、私が抱いていた不満が、表に出るようになってきた。それでも、周りの目を気にしながら、事を荒立てないようにする。其れが私のスタイルなので、思うような行動ができなかった。
今回、校長の考えを直に聞くことが出来て、自信を持つことが出来た。なんとなく、この校長に負けてられない、と思った。彼は言った。
「この学校の主役は、君たちなんだよ。もっと情熱を持ちなさい。」
600人近い生徒の中に、一人くらい馬鹿正直がいても良いと思った。その一人になりたいと、切実に思った。この学校に来た時の、馬鹿みたいに熱い思いが蘇ってきた。 「失敗を恐れずに、やってみること」・・・兎に角、行動することが重要だと思った。今のところ、失敗は許されるレベルであるから。
他の企画の撮影時間が押していたにも関わらず、私は校長の話を切らなかった。一緒に取材に行った仲間は、「切るタイミングが無かった」と言っていたが、そうでもない。切ろうと思えば、切れるポイントはたくさんあった。然し、私は切らなかった。理由は単純、校長の話が面白かったからだ。今までに無く、どんな授業よりも興味深い話をしてくださったからだ。
さすがに痺れを切らした委員長が、我々を連れ戻しにやってきた。彼は言葉遣いが巧みであるし、話を展開させる能力に長けている。校長を立てつつ、我々と共に、風の様に退散した。今日は彼に迷惑を掛けてしまった。
其の後の撮影は、本当に楽しかった。非常に臭い言い方であるが、青春の香りを感じた。まさに青春だ、と思った。全員が意見を出しながら、一つのものを作り上げていく過程が、少しドラマみたいで、ちょっと面白かった。
なんだか、今日は書き始めると止まらない。大分長くなってしまった。最後に、もう一つだけ、校長との話で考えたことを紹介する。が、ここまで読んでる人すらいないと思われる。まあ良い。単なる自己満足だから。
今日は、午前中に外人さんたちと遊んだ。
まず、以前知り合った2人とマックで飯食いながら、互いの生い立ちを話したり、日本に来た理由を聞いた。2人は聖職者で、宣教師になるんだそうで。2人とも19歳で、一人は日本に来て半年、もう一人はまだ3週間しか 経っていないらしい。アメリカから日本に2年間召されているそうだ。2人とも日本語が堪能なので、私は殆ど英語を使わずに済む。楽だ。非常に。[ぉぃ
その後、2人が活動している教会へ行くことになった。途中、彼らの仲間たちと偶然出会い、6人の外人に囲まれる形になった。こんなに周りが外人だらけになったのは、たぶん横須賀の米軍キャンプに太鼓を叩きに行ったとき以来ではないかと思われる。しかも、みんな聖職者(この表現が正しいのかわからないが、語彙力の無い私にとっては、此れが精一杯の表現である)。なんだかわからんが、緊張した。
教会につくと、2人に中を案内された。結構歴史ある教会だそうだが、建物自体はなかなか綺麗で、それなりに広かった。2階建てで、1階には礼拝堂やら集会室やらがあり、2階には小部屋がいくつか有る。この部屋を使って、此処の外人さんたちは、無料英会話教室もやってるそうで。全ての活動がボランティアなんだそうだ。
一通り教会を回った後、ホール(といっても小さなものだが)で、卓球をやった。別に、競技的な卓球ではない。温泉卓球以下かも知れない。単純な、学生の休み時間みたいなノリで、30分ほど卓球をやっていた。私と、今日初めて出会った外人さんがダブルスを組み、先日出会った二人と勝負。殆ど卓球のルールを無視した試合だったが、きっと我々の勝ちだろう。
試合中は英語だった。聞いた事の無い英語が飛び交った。何とか理解し、多少の返答も出来た。”生きた英語”は、こういうものかと実感した。スラングであったり、方言であったり、特有の訛りであったり・・・OCの授業の数倍勉強になった気がした。それと、私の英語でも通じることがわかった。
一応、幼稚園から英会話の教室にぶち込まれ、最初こそ真面目だったものの、小学校3年生ごろからは堕落。今は世間話をしに、教室に行っている始末。無論、7割は日本語である。それでも、時間というものは、ほんの少しだけ、私に無意味な能力を付けてくれたらしい。英語を聞き取ることに慣れているし、コミュニケーションを取ろうとする意欲はある。また、中学から義務的に英語を学んだ甲斐もあり、高校が高校なだけに、外人と話すのは、今まで1度も日本を出たことの無い人間の中では、得意な方だと思われる。が、ペーパーテストは悲惨を極める。書けないのだ。多少なら話せるし、読める。何よりも、大体の事は聞き取れる。然し、書き表すことができないのだ。日本語でも、表現力の乏しさに悩まされる私が、如何にして英語を書き表すか。永遠の課題である。
卓球も終え、そろそろ学校に向かおうとした時、ちょっとした儀式を見学した。「アカシ会」というんだそうで。たぶん、「証し会」か「明かし会」と書くのではないかと勝手に推測している。此れは、神に自分の信じることやら何やらを打ち明ける的な何かだそうだ。同席しただけで、私は何もしなかったのだが、なかなか興味深いと思った。
しかしながら、私は特定の宗教を信じることはしないつもりでいる。初詣には神社へ行き、お盆やお彼岸には仏と向き合い、クリスマスは盛大に盛り上がる。キリストだろうが、アッラーだろうが、八百万の神だろうが、都合のいいときだけ好き勝手に信じ、死んだら戒名をもらって仏になります。まぁ、なんて罪深き男でしょう。
でも、日本人の大半は、たぶんそんなもんです。残念ながら、私も其の多数派の一人に過ぎないのです。
教会を後にした私は学校へ行き、事後処に参加。来年度に関わるかもしれない企画の話だったのに、校長の取材のため、途中退席。
校長室へ赴くのは2回目。私は、初めて校長室で校長と話してから、彼のことを尊敬し始めた。
どの生徒よりも、どの先生よりも、校長は我々の学校に熱く向き合っている。行動し、批判に耐え、必死に我々の学校の立て直しに尽力されている。注意して欲しい。この文章を読んでいるのは、私の知り合いが殆どだと思うので、あえて書く。我々の学校は、堕落している。此れは、校長の話を聞いたから、ではない。入学してすぐ、私は落胆した。夢描いた生活は、其処には無かった。正直な心の叫びは、たびたび私の頭の中に響いた。
「なんだ、普通の学校と一緒じゃん。」
そのうち、私の意欲は失われていった・・・いや、意欲を持たなくなった。持たないようにした。いくら学校が堕落しているとはいえ、県内でも優秀な生徒が集まるこの学校は、非常に大人な思想を持った人たちが数多く存在する。私も其の一人だと、自負している。然し、私を含め、それらの人々の大半は、創造性の無い保守派なのである。簡単に言えば、「頭が固い」のである。其の上、「意志が弱い」から、結局はごく平凡な、虚像だけのトップ校になっているのである。其の人たちの思想に任せ、流れるように学校生活を送ることが、如何に楽なものかを知った私は、最早頑張る気をなくしていた。上辺だけ、適当なことを述べていればいいと思った。
でも、「そんなんじゃだめだ!」と思う人たちがいた。其の人たちを見て、私が抱いていた不満が、表に出るようになってきた。それでも、周りの目を気にしながら、事を荒立てないようにする。其れが私のスタイルなので、思うような行動ができなかった。
今回、校長の考えを直に聞くことが出来て、自信を持つことが出来た。なんとなく、この校長に負けてられない、と思った。彼は言った。
「この学校の主役は、君たちなんだよ。もっと情熱を持ちなさい。」
600人近い生徒の中に、一人くらい馬鹿正直がいても良いと思った。その一人になりたいと、切実に思った。この学校に来た時の、馬鹿みたいに熱い思いが蘇ってきた。 「失敗を恐れずに、やってみること」・・・兎に角、行動することが重要だと思った。今のところ、失敗は許されるレベルであるから。
他の企画の撮影時間が押していたにも関わらず、私は校長の話を切らなかった。一緒に取材に行った仲間は、「切るタイミングが無かった」と言っていたが、そうでもない。切ろうと思えば、切れるポイントはたくさんあった。然し、私は切らなかった。理由は単純、校長の話が面白かったからだ。今までに無く、どんな授業よりも興味深い話をしてくださったからだ。
さすがに痺れを切らした委員長が、我々を連れ戻しにやってきた。彼は言葉遣いが巧みであるし、話を展開させる能力に長けている。校長を立てつつ、我々と共に、風の様に退散した。今日は彼に迷惑を掛けてしまった。
其の後の撮影は、本当に楽しかった。非常に臭い言い方であるが、青春の香りを感じた。まさに青春だ、と思った。全員が意見を出しながら、一つのものを作り上げていく過程が、少しドラマみたいで、ちょっと面白かった。
なんだか、今日は書き始めると止まらない。大分長くなってしまった。最後に、もう一つだけ、校長との話で考えたことを紹介する。が、ここまで読んでる人すらいないと思われる。まあ良い。単なる自己満足だから。
校長は言った。
「この狭い日本にそろそろ飽きなよ!世界に目を向けなよ!」
なるほど、と思った。国際化が進む社会において、固執はよくない。広い視野が必要である。だからこそ、一気に今回5カ国もの国へ生徒たちを飛び立たせ、体験をさせているのか、と。
然し、私は海外に行っても、結局は、日本に目を向けるのだろう。たぶん、日本に目を向けるために、海外へ行くのだろう。
私が海外に行く目的は、日本に向き合うためになると思う。我々の国が、より良くなるには、どういったものが必要なのか。あの国は、こうしているなら、日本はどういったことが出来るのだろうか。日本のこういった良さを生かすには、如何したらいいのだろうか。
たぶん、そんなことを考え出すと思う。海外に行って、「良かったよ。楽しかったよ。」は、馬鹿のすることである。そこから何を得るかが重要だ。自分の中で、何が変わるか。如何に変えようとするか。
この「変える」は、姿かたちを変形させるのではなく、発展させるという意味である。私の場合は、其れが「日本」という対象になる。然し、他のことでも良い。「自然科学」でも「言語」でも「芸術」でも、何でも良い。自分に発展性を与えてくれるものを、一つ拾ってくることが、重要ではないだろうか。
特に、我々の学校の海外研修は、只の旅行ではない。文化に触れ、社会を見、生活の中で何を得るか、何を考えるか。そんなことが重要になってくるのではないだろうか。
今日、外人さんと触れ合うことで、私は英語という言語を学び、キリスト教という宗教を学んだ。そこから発展させなければいけない。此処で満足してはいけない。英語を学んだら、それを使えるように身につけ、さらに応用して別の表現に変異させられるようにする。キリスト教の教えを元に、人間としての道徳心を考え、自分の中の哲学を構成する。そういったことが出来ると、人間として成長できる気がするのである。
難しいことを考えすぎると、面白くない学生になってしまいそうなので、この辺でやめておく。理念を持った単純馬鹿を目指して、是から精進の日々である。多分。
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受験生
自己紹介:
高校大好きピンクさん。
ついにおいらも受験生。
学校案内載ってるほどの、
高校大好き野郎だが、
大学目指してこの頃は、
自重し始め人外の、
道をたどると心に決めた。
そんな夏の夕暮れに、
心透かして今日もまた、
受験戦線ひた走る。
ついにおいらも受験生。
学校案内載ってるほどの、
高校大好き野郎だが、
大学目指してこの頃は、
自重し始め人外の、
道をたどると心に決めた。
そんな夏の夕暮れに、
心透かして今日もまた、
受験戦線ひた走る。
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